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    みんなチャンピオンになっている

    ポーカーって素晴らしい

    誰にでもチャンスがある


    ポーカーをするのに障壁はない
    差別もない
    体重制限も
    健常者・障害者かんけーねー
    男性女性かんけーねー


    以下はポーカーストラテジーの記事です。
    リンクは写真付き記事に飛びます
    コラム: ポーカーは誰も分けへだてしない

    Barry Carter が ANZPT Queenstonw チャンピオンにして脳性麻痺患者でもある Jonathan Bredin に賛辞を送ります。彼はどうしてポーカーがかくも素晴らしいゲームなのかを思い起こさせてくれるのです。




    Bredin のタトゥーは勝利を予言

    最近わたしたちはポーカー界にとって素晴らしい出来事を目撃しました。Jonathan Bredin が ANZPT Queenstown を制して 賞金の NZD$93,600 を獲得したのです。(リンク先英語)

    このニュースが素晴らしいのには 2 つの理由があります。より大きい方の理由というのは彼が勝利を決めたハンドが だったということで、これは彼が腕に入れているタトゥーとまったく同じだったということです。

    この勝利について触れる意味のあるもうひとつの理由というのは、Jonathn が脳性麻痺患者だということです。このトーナメントではずっと、彼の友人がテーブルにいてチップの取り扱いなどの介助を行なっていました。

    この一件はポーカーというゲームの素晴らしい側面、誰もが知っていてそのことを愛している側面を思い起こさせてくれました。それは、ポーカーでは誰も差別されたり、分けへだてされないということです。

    身体的制限はゼロ
    ポーカーには定年はない

    ほとんどの競技種目には、Jonathan は参加することができません。実際問題、車椅子に乗っている彼は、会場に入れるかどうかさえもあやしい場合があります。

    ポーカーでも体力というものは、特にライブポーカーでは必要ではあります。でも本当に必要なのは精神力のほうであって、Jonathan がこちらのほうはたっぷりと持ち合わせていたのは、どう見ても明らかでした。

    ポーカーというものは残酷なゲームですが、それでもはっきりこのゲームは公平だと言えるのは、参加への障壁が低いということです。Jonathan がこのイベント参加できない理由というのはありませんでしたし、今ではオンラインポーカーというものがあるのだから、このトーナメントが始まる前の経験の積み重ねという条件では、彼と他のプレイヤーはまったく同等だったと言えるでしょう。

    多くのポーカーメディアは、彼が不利を跳ね返して勝った勇敢なヒーローといった部分をおとぎ話的に取り上げています(今この話を取り上げている私自身も多分そのひとりなのでしょう)が、実のところ彼は別に不利だったなどということはないのです。ポーカーが素晴らしいゲームだというのはそこです。

    身体的障害を持っておりカードの扱いに介助を必要としていたプレイヤーとは、私もライブで何度か対戦したことがあります。その経験から言うと、そのことでプレイの進行が遅れたということはありませんでしたし、介助者から不公平だと思われるようなサポートを受けたいうこともありませんでした。

    他のスポーツにおける差別と分けへだて
    女性でも同じ土俵で戦える

    ほとんどのスポーツには何らかの差別が存在します。身体的な能力はそのひとつです。どんなに才能があっても、もし身長が 150cm しかなかったら、NBA でプレイすることはできないでしょう。

    Jonathan は身体的障害はポーカーをプレイするのに何も問題がないということを示す好例だと言えるでしょう。一見不可欠だと思えるような、目が見えないのでカードが読めないという場合だって、プレイはできます。盲人プレイヤー Hal Lubarsky がそれを証明しています。

    ほとんどの競技では年齢も別け隔ての基準となります。ほとんどのアスリートにとってピークの年齢は 18 から 32 の間です。ポーカーでは年齢は関係ないということを思い出すには、このゲームで最も有名な「顔」として存在している人物、Doyle Brunson のことを思い浮かべれば十分でしょう。

    Doyle は今年で 80 歳になりましたが、彼が今年のメインイベントでいいところまで残ったことを見れば、年齢はただの数字にしか過ぎないということをよく表れているといえます。

    性別というのはほとんどの分野で差別や別け隔ての対象となっています。ほとんどの競技は性別でクラス分けされていますが、ここでもポーカーは違っています。世界最高のプレイヤーの何人かは女性で、Vanessa Selbst、Annette Obrestad,、Jennifer Harman、Liv Boeree などの名を挙げることができます。

    WSOP にはもちろんシニアと女性を対象としたイベントがあり、そのことで別け隔てがあるじゃないかと言えないこともないです。しかし、それらはゲーム全体からするとごくわずかな比率でしかないのです。こうしたゲームは全体のルールというより例外だと言っていいでしょう。

    障壁のないゲーム
    Bredin と友人の Chris,
    彼はチップの出し入れを介助した

    ポーカーで一番胸踊らされることは何かといえば、スキル以外の何ものにも、たとえ短期間であっても分け隔てや差別をされることがないという事実です。もしテニスの初心者がAndy Murragy (アンディ・マレー)と対戦したら、手も足もでません。もしポーカーの初心者が Phil Ivey と対戦したら、勝つ可能性だって十分あるのです。

    ポーカーではあなたが男だろうと女だろうと、若かろうが年寄りだろうが、黒人だろうが白人だろうが、ゲイだろうがストレートだろうが、デブだろうがガリガリだろうが、背が高かろうが低かろうが、スーパーアスリートだろうが車椅子に乗っていようが、まったく関係ないのです。さらにいうならあなたがリアルの魚だったとしてもサメだったとしても関係ないのです。

    ポーカーに偏見が全くないというわけではありません。高齢者や女性への偏見は十分すぎるくらいありますし、それ以外にもあらゆる種類の偏見がテーブルでは見られることでしょう。でもそれはポーカーというゲームそのものに差別が存在しているわけではありません。それを行うのは人であり、たまたまその場所がポーカーテーブルだったというだけです。

    ポーカーに参加する唯一の障壁はというと、プレイする法定年齢に達しているかどうか、そして、バイイン出来るだけの金を持っているかだけです。しかもそのせいで閉めだされている人たちには良いニュースがあって、だれでもそのうち 21 歳になること、そしてプレイしたければタダで、あるいはごくわずかな金でプレイできるゲームがあることです。

    私としては Jonathan にスポンサー契約がオファーされるべきだと思っています。彼のような存在は大勢の人々に、ゲームにトライしてみようという刺激を与えられるからです。わたしはここで様々な異なるタイプの人々にマーケティングを仕掛けるべきだと論じてきましたあ。障害を持つ人たちもまた間違いなくポーカーのマーケティングの完璧な対象ですし、ポーカーというものは障害を持つ人々に力を与える完璧なひとつの形ではないでしょうか?

    キングペアとエースペアのぶつかるたびにわたしたちはポーカーってなんて公平じゃないゲームなんだと感じてしまいます。でも Jonathan Bredin が示しているように、同じ土俵でプレイを開始するということにかけては、ポーカーほど公平なゲームはないのです。
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    [2013/08/19 20:31] | 稼げる理由
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